2013年6月3日、いよいよ「水木しげる漫画大全集」(講談社)が刊行されました。
welle designは、監修者である作家の京極夏彦さんよりお声掛けいただき、この大全集のデザインワークを担当させていただくことになりました。水木しげるさんの全漫画作品をまとめる「名誉職」のようなお仕事です。
カバーの初期デザイン案。初期段階ではまず京極さんのオフィスに赴きヒアリングを。次第に熱を帯び、京極さんからのアイデアが出過ぎる結果に。「もうどうしたらいいかわかんないやw」とも。水木愛が深すぎて収斂出来なくなっていくのでありました。
その後初案を作った後、各位からいろいろご意見をいただきデザインをブラシュアップしていきました。
初期のサンコミックのスタイルを意識したデザインからはじめ、徐々に格調高く、全集然とした装幀へと落ち着いていくのです。
とにかく長期にわたるシリーズですので、一過性の勢いでやってしまわず、すぐに劣化するデザインは避けなばなりません。個人的には50年後に見返しても「普通」に見えたらなら成功と思っています。
水木プロダクションでの打合せ。人生初、水木しげる先生と会ってしまいました!
一番最初に世に配布される宣伝物(チラシ、3つ折りパンフレット)は京極さん自らが構成、原稿執筆、デザインをご担当。「作っちゃった」と軽く仰いますが…。
そのラフを見ながら水木先生がぽつりと、「(昔は)食えなかったから…」と感慨深げに。
水木先生は大全集の完成をたいそう心待ちにされており、当日持参したデザイン一式をご覧になられ、京極さんが「点数は?」と尋ねられたところ、ぽそっと「78点」とご回答。
歓声が上がりました。というのは水木先生の基準では、78点とはもう満点(上限80点だそうですw)に近く、ほぼ出ない点なのだそうです。
※後日、第2回配本(河童の三平 上他)刊行時に点数が85点に上方修正されました。
さて、この日から原稿の収集&修正の日々が本格化します。京極さん、編集委員の梅沢さんたちが全力で原稿の調査と精査、掲載内容とのすり合わせを行います。初出誌の捜索、掲載内容の検査から始まり、原稿を検品し不足原稿は刷り本からスキャン、ドットレベルで画像の調整を行う作業。
作家京極夏彦さんは、「アートディレクター京極夏彦」に変身(兼任?)してしまったのです。
というかならざるを得なかった…。
最初の問題。
水木しげる漫画大全集は「初出の再現」を基本方針としております。
ですが製版による塗り損じ、当時の編集者により無造作に切断されてしまったページもかなりの数に。つまり「本来あるべき形」が分からないんです。そこで京極さんは、
「この作品はかつてこの雑誌に掲載され、その後コミックス化された際にこのコマが割愛され、それは実は後の○○○本のXXページに使われており…」
てな具合に、当時如何に原稿が乱暴に扱われていたことの説明と合わせ、本来の形はこうであろうと「何も見ずに」解説してくれました。驚きでした。水木プロの原口社長も息を呑む状況。
さながら某小説に登場する憑物落とし的なシーンのようでした。
お次、「トーンの復活」問題。
鬼太郎の髪の毛やちゃんちゃんこって本来は製版で「スミ網」がふせられていたのですが、ある時期からその指定が反映されず(指定紙の紛失などにより)、以降「線画のみ」の白っぽい鬼太郎で様々な単行本が作られてしまったそうなのです。スクリーントーンがなかった時代なんですね。
「これは本来の姿に戻すべき! もう我々で塗ろう!」
と腹を括り、実動部隊としてwelle designがサポートすることに。
ですがターゲットとしての原本(初出本)は、現在では一冊何万円もする貴重品なので、取り扱いに神経使うのです。そのページをそーっとのぞき込んでルーペで網点の大きさを目測、塗りの範囲や掛け合わせ濃度を調べ、とにかく「忠実に塗り再現する」作業が延々とつづきます。
そんなこんなで順次収集される原稿の数々。
中には複製を重ねる間に劣化した網点を、データ上で一旦削り落としてから塗り直すという気が遠くなるような作業もあります。判型違いの刷り本からスキャンした画像の線質の整えなど、難易度が高くてかなり面倒くさいお仕事(そんなのが大半)は全て監修者責任による修復作業が…。
この一連の修復作業では、「元の線は我々の一存では不用意に消さぬようにしよう」とのお達しも。塗り足すのはレイヤーを分けて後戻りが出来るように作れるのですが、消したしまったものは元には戻りません。というのはこれは原画の線質を読まなければ出来ない作業で、ちょっと汚いから手を入れようとすれば即「改竄」にもなりかねないため、不用意には出来ない作業なのです。
作業は適宜監修者、水木プロダクションの判断を仰ぎ慎重に作業が進められました。
そして塗りや調整がうまくいっているかどうかのテストを豊国印刷さんに出していただいたり、一つずつ問題点を克服していきました。
ゲゲゲの鬼太郎のカラーページのテスト校正。
昔の2色印刷(スミと朱)を4色で再現した場合の掛け合わせ値や用紙適性のテスト。
カラーチャートも作ったり。
スクリーントーンの再現性テスト。モアレの発生や解像度、
2階調とグレースケールの見え方違いを。
本紙校正。本文は「オペラホワイトマックス」を採用。印刷適性や発色のテストを数回行いました。
新規スキャンデータや流用データ等、原稿の質がバラバラで出方がまちまちで、
整えるのがなかなか大変です。
何度も何度も校正を取れるわけでもないので傾向を摑みつつある種のカンも働かせ。
特色2色刷りのテスト。オレンジ系やマゼンタ系など織り交ぜ。
昔の漫画のテイストを尊重しつつ、新しい大全集としての美しさを目指し。
線画の解像度は1200dpi。
基本はスミとカラー版はノックアウトの関係に。ただし版ズレ対策で6pix程度のトラップがかかるよう、カラーページの全てのコマに適用。塗り作業は弊社節丸朝子が担当。1冊約400ページの処理をこなすため、起床して夜寝るまで毎日がんばってくれました。それでも追っつかず、イラストレーターのオザワミカさんにも手伝っていただいたりで。
「茂鐡新報」のレイアウトラフ。
編集委員会の打合せの席でメモを取りながらレイアウトは決まりました。
茂鐡新報、用紙は「アドニスラフ」を採用。1色刷り。
いい感じに劣化してくれればよいのですが。
コストと耐久性と手配のしやすさなどを最重視。
トリッキーさを排除した製本体裁を目指しました。
見返しの「サイタン」は、水木全集に合わせたサイズで特漉きにしましょうと、製紙メーカーの方のご提案もありました。
編集委員が集まっての定例打合せの図、ソフト館にて。最長11時間ぶっ通しの日もありました。
水木プロダクションの原口社長も参加。疑問点は即時解決させていく勢い!
激務の合間、色校正のためセルロイドジャムにご訪問の京極さん。ここでも即断即決。
この日に3冊が店頭に並んだのは本当に奇跡のように思います。
現在ワークフローは徐々に整えられ、安定期に移行するのは時間の問題かと。
構想では100冊レベルの大全集(不思議シリーズが既に81巻ですから)、
我々はライフワーク的(大袈裟ですが)に取り組んでいければと思っております。